恩 人
今日は私の恩人について書いてみようと思います。
・・・・・。
ありきたりでも、その言葉にはとてつもなく大きな熱量があって、その熱量に私は動かされたのです。
カンボジアで暮らし始めてほぼ12年。
その時には思いもしなかった、カンボジア雑貨のお店を持つに至り、その仕事に誇りと楽しさを見出して過ごす日々。
現在、その日本食レストランはなくなり、オーナーはほかの国にお引越しをされてしまいました。今では疎遠になってしまっています。でも、私の人生の歴史の中には名前が刻まれている大切な恩人です。
私にはカンボジアにまつわる恩人が二人います。
カンボジアに移ってくる以前、
私はただのカンボジア好きの派遣の旅行添乗員でした。
年に一回長期のお休みをもらってカンボジアや東南アジアを旅する生活を数年していました。
こんなにカンボジアが好きだったらカンボジアに住んでみたらどうなるのかな、
住んでみたいな、
でもな、
どうしようかな、
親は反対するだろうし、
・・・・・。
そんな私の背中を押してくれたのが今、ここで紹介する恩人です。
その昔、バックパッカーでカンボジアに中期(1か月)で来ていた時にお世話になった日本食レストランのオーナー。私の突撃「働かせてください」アピールに快く応じて、1か月アルバイトで働かしてもらったその後もずっとメールのやりとりをし、つながっていたその方に相談。
「今しかできないことだと思うし、後悔するくらいならやるべき。それにKIKOちゃんが来たら楽しいし。」と背中を押してくれたのです。
ありきたりでも、その言葉にはとてつもなく大きな熱量があって、その熱量に私は動かされたのです。
カンボジアで暮らし始めてほぼ12年。
その時には思いもしなかった、カンボジア雑貨のお店を持つに至り、その仕事に誇りと楽しさを見出して過ごす日々。
現在、その日本食レストランはなくなり、オーナーはほかの国にお引越しをされてしまいました。今では疎遠になってしまっています。でも、私の人生の歴史の中には名前が刻まれている大切な恩人です。
視点を変えると、
誰でも人生の節目節目には必ず決断があって、
誰でも人生の節目節目には必ず決断があって、
その決断に知らず知らずのうちに関わることもきっとあって、
その人の知らないところで、その人は一生、他人の歴史に名前が残る、ってことがあるのだ。
なんか不思議だ。
なんか不思議だ。